”ここに居るようで居ない感覚”は波動の違いから来るのだと思う

紅葉が綺麗な季節です。

大きな公園を横切る時、「あぁ綺麗な季節だなぁ」と感じました。

その横にいた彼が、歩きながら沢山話をしてくれていました。

その時の雰囲気は、心地よく楽しいものでした。

それでも私は、いつも「ここに居ない感覚」があります。

その時に感じる感覚に没頭できないといった感じです。

私にとってはそれは当たり前で自然なことなので、特別な問題はありませんが、同じような感覚で生きている人はどれぐらいいるのかな?なんて思うことはあります。

「感受性が強く、内省的・内観的な人」と言われる人の一部には、霊的な人が一定数いると思います。

少なくとも、私がプライベートで密に関わっている人は例外なく全員そうなのです。

それでも同じ感覚を共有できているのかどうかは分からないですね。

「言葉」は確かではないものです。

また、霊的というものが特別視されていたり馴染みがなかったりする場合、「自分は霊的な存在である」「あなたには霊的な波動が高い」などという言葉がピンとこないこともあるかもしれません。

ただ、俯瞰して見ると、自分の霊的な波動が地球の波動に合っていない場合、現実を生きていても「ここに居るようで居ない感覚」にならざるを得ないと思うのです。

このカップで珈琲を飲んだ時に、別の角度から同じようなことを書いていました。

今日も、忙しくなろうが暇であろうが、楽しいことがあろうが悲しいことがあろうが、当たり前に”ここに居るようで居ない感覚”の一日😊