現実界を「地上界」、魂の居場所を「天界」とした場合。
天界にいる自分との繋がりがある時が、「霊感がある状態」なのだと思います。
地上界の自分は肉体という物体を持っていて、五感を持ちます。
魂のときだけでは持ちえない、肉体から生じる自己意識(エゴ)や欲が生じる─生理的欲求(睡眠・食・排泄・性欲)から、社会的な存在として承認欲求や自己実現欲求など。
肉体から生じるもの「だけ」に留まってしまう時、「地に落ちた」なんていう表現をするのではないでしょうか。
反対に、「地に足をつけなさい」というのは、現実を見ないで、自分の感覚や妄想だけに走り過ぎたときのことを言っているのだと感じます。
肉体を持っている限り「地」を生きる。
でも、地”だけ”になると、天界にいる自分(魂)とが切り離され過ぎてしまいます。
霊感が使えないとなると、肉体の自分が持つ力だけで現実を回すことになります。
肉体の自分が持つ力とは、経済力(貯金)、学力(学歴・知能)、知り合いの数(人脈)、こういった外から見て分かりやすい指標になるものが分かりやすいでしょうか。
こういった力は、現実社会を生き抜く上で大切な要素の一つであると感じます。
ただ、「現実の力と霊力ならどちらが強いか」と極端な選択で聞かれたら、私は霊力の方だと思います。
霊感・霊力があると、無から有を作れという実感があります。
経済力・学力・人脈、こういったものがなくても、やりたいことをやれる環境が整うというのは十分に起こります。
反対に、現実の力が十分にあるのに、霊力が足りないことで、今一歩突き抜けられない、というケースもあると感じます。
「地」を生きる自分が持っている能力を最大限に生かすときに、霊感・霊力がものすごく役に立つと思います。
スピリチュアルや見えない世界に触れて、地を疎かにするでもなく、地に偏り過ぎて見えない世界を否定する(忘れる)のでもない。
”天と地を繋いでいる”というのが、私たち人間の本来あるべき姿なのかな?
そんな風にも感じます。
霊感・霊力を高めたり取り戻したりするのに、何か特別な修行のようなものが必要だとは感じません。
なぜなら、誰だって「内」にそれがあるから。
内にあるものを引き出すためには、様々な出来事や出会いがあるとは思います。
ただ、それは「起こるべくして起こる」という自然の流れに中にあるもの。
内にあるものを引き出すために特別な修行やお金が必要だというようなことが起きたら、少し慎重になった方が良いと感じる私です。
