彼との関係をがんばり切れたのは自分を捨てられなかったから

人はなぜ、思い出したくないことなのに、何度も思い出してしまうのでしょうか。

彼との関係は過去になかったほど、穏やかで安定的で平和になっています。

それなのに、過去が思い出され、「辛かったなぁ」「苦しかったなぁ」と、いやな感情が浮かび上がってくることがあります。

そして、今はまだ自分の努力が完全に実ったわけではない、あの時の傷が癒されたわけではない、などと思えて、虚しく感じたりもします。

そんな時は、頭で自分を言い聞かせても仕方ないので、「時間」を使うことが多くなりました。

今日は余力があるので、なぜ彼との関係をあそこまでがんばったのか、自分自身を振り返ることにします。

まず、彼と過去の私には、共通点があります。

・自分を責めがち
・自己肯定感が低い(特に恋愛面で自信がない)
・罪悪感を感じがち
・感受性が強く周囲から影響を受けやすい
・周りに気を使うことが多いのに、自分軸が分からないため、疲れがち。疲れがピークになると、突然人との距離を空ける
・頭であれこれ考え過ぎてしまう

「過去の私」と書いた通り、今の私は、上記のことがほぼなくなっています。

残っていてもほとんど影響がありません。

特に感受性の強さと影響の受けやすさは変わっていませんが、自分軸ができたため、「知らないうちに疲れ切ってしまう」ということは避けられているようです。

これらの特徴を克服できなかったころ、私は彼の言動に振り回され、不安が強まると、彼に対して感情的な態度になってしまっていました。

彼は感情的な私に対応できなくて、私と距離をおき、その彼の態度にさらに私は混乱する、という負のループにいました。

「自己成長」や「自己改革」といった言葉は、自己啓発に接している方には馴染みがあるかもしれません。

しかし、馴染みのある言葉であっても、「実際それができるかどうか」は全く別次元の話ですね。

それでも、私は過去の自分と今の自分を比較すると、変わったところがあります。

「なぜ過去の私はそれが分からなかったの?」「なぜ以前は、それができなかったの?」と、過去の自分を理解するのが難しく感じるぐらい、変化している面があります。

この自分の変化を感じて、「なぜもっと早くそういう自分になれなかったのか。そうしたらあんなに痛みを味わう必要もなかったのに」と、後悔に似た問いが湧いてくることも、たまにまだあります


自分を変えるというのは、そんな簡単なことばかりではないと経験上思います。

それでも私ががんばり切れた理由は、捨てられないものがあったからだと思います。

まず「この人が好きだ」、と、彼を想う気持ちが強くて純粋過ぎたため、たとえ関係がもつれて、傷つき続けていても、「自分の強くて純粋な気持ち」を捨てられませんでした。

また、人の気持ちに敏感な自分や、愛情深く尽くす自分の性質を捨ててしまうことは、相手との関係だけでなく、自分を失うことになるため、それも出来ませんでした。

そして、もう一つ、希望を捨てられなったのだと思います。

「この人は変わるかもしれない」「関係は前に進むかもしれない」という期待や信頼を含んだ希望が、自分の中にありました。

私は、希望を捨てられなかったというより、希望を持つ自分を、捨てられませんでした。


「手放し」という言葉があります。

でも、自分を手放してまで手にしたいものは、私にはありません。

私ががんばりきれた理由は、捨てられなかったものがあったから。

その捨てられなかったものは「自分そのもの」。

─ここまで書いたところで、時折思い浮かぶ「過去の痛み」「未だ癒され来ていない古傷」も、少しは浮かばれた気がします🌸

これからも私は、自分を見捨てないでしょう。