今朝、人生で初めて、夢を見て泣きました。
「夢の中で泣いていて、現実の自分も泣いていた」というのは、過去にあったかもしれません。
でも今回は、夢の中の登場人物に私はおらず、出てきた人達は架空。
そんな夢のワンシーンで、私は眠りながら、感涙していたのです。
涙があまりにとめどなく溢れてくるものだから、さすがに起きて、涙を拭きました。
夢の内容(ストーリー)は平凡なものでした。
ただ、その夢の世界に、私が大切だと感じている「人がどう在るか・どう生きるか」の世界観が映し出されていたのでした。
人としてどう在るのか、どう生きるのか。
私はその答えを、霊的な視点を抜きに考えることができません。
守護霊といった言葉を聞いたことがないという人は少ないように思います。
存在を信じている/信じていない・感じ取れる/感じ取れない、と言ったことは置いておいて、「守護霊・守護神」「八百万の神様」そういった概念や言葉はどこかで見聞きしているのだと思います。
ただ「霊的に生きる」とは、そういった存在を信じる信じないといった二元論を超えるのだと感じます。
私たちは「霊」である。
私にとっては、こちらの方が自然です。
今この時、肉体を持っているだけ。
肉体を持つ前も、肉体を離れたあとも、私たちは「霊」であり、常にすべてと繋がっているし、終わりも始まりもない。
霊的に生きるとは、私たちも霊であるということを”知っておくこと”だと思っています。
知りながら、現実を生きる。
時には、生きているのがあまりにつらい時もあるかもしれません。
それでも生き、肉体を脱いだ暁には、霊界に行き、そこでもまた学び、成長するべきこともある。
そしてまた、必要に応じて、(何度でも)肉体を持つ。
肉体を持てば、経験の仕方は変わるでしょう。
でも、本質的には、肉体があっても無くても変わらない、永い永いの魂の旅をしている霊。
それが私たち。
