未来への執着を手放すのは難しかったけれど、強く願い執着しなければ手にできなかったものもあった

私は「未来はこうなるだろうな」と、なんとなく分かってしまうところがあります。霊感の一部のようです。

子どものころは、感じ取った未来と今の状況がまるで繋がってないように思えても、そこに焦りや不安というものが生じることはありませんでした。

視えた未来に執着することもなく、ただなんとなく、その時の自分が「やろう」とか「これはやるべき」と感じたことをやっていました。

未来を特に意識しなくとも「以前、視たとおりになっている」というのは、10年、20年単位でも起きています。

具体的なことでいえば、例えば─幼少期の思い出がすぐに出てこないので、中学2年生の時の話。

好きな人ができました。

でも、その彼には彼女が居ました。

それなのに私はなぜか「あぁ、この人は私のことを好きになるんだろうな。私たちは付き合うんだろうな」と思ったのでした。

その後、私は具体的に彼にアクションをしたわけではありませんでしたが、好きな人なので当然よく彼のことを目で追っていました。

ほどなくして、彼の方から「彼女と別れたから付き合ってほしい」と告白されました。

また、その当時私は勉強が大の苦手で、テストも白紙で出すような人でした。

ところが、社会科見学か何かで、クラスの班単位で外に出歩く機会がありました。

その時、地元で最もレベルが高いと言われている進学校の前を通り、私は「あぁ、私はこの学校に入るんだな」と思いました。班の子にも「私、ここに入学する」と言った記憶があります。

「後ろから数えたほうが早いあなたが、何を言っているの?」そんな目をされたように思います。

それでも私は「入るんだな」と当たり前に受け入れていました。

その後、急に勉強をしなくてはいけないと感じるようになり、中3からは一生懸命勉強をし、その学校に入学しました。

瞬間瞬間は、必死に努力する、とか、試行錯誤して悩むといったことはありました。時には苦しいとかつらいと感じたこともありました。

でもそれは「未来と今の差を埋め合わせる」という行動ではなく、その時その時、自分の中で「やろう」と浮かんだものに取り組む、ただそれだけのことでした。


ところが、大人になって今の彼と出会ってから、この感覚が使えなくなりました。

私は彼と出会ったときに「あぁ、彼は私のことを大好きになるんだろうな。私は彼とずっと一緒にいるんだろうな」と思いました。

ここまでは、それまでの自分と同じです。

しかし、「彼の言動に敏感に反応して、感情的になる自分」「彼が私をひどく避ける」という現実がはじまったことで、私は「なんでこんなことになるの?」と混乱に陥りました。

そして、感じ取ったはずの未来と、起きている現実との差を「埋めよう」としたり、差が起きている理由を分析しようとし始めました。

・どうしたら視た未来になるのか?
・未来は本当にそうなるのか?
・なぜこんな事が起きるのか?
・彼は何を思っているのか?

こういったことばかりを考えるようになり、不安と混乱でいっぱいな状態になりました。

このようになったのは、叶ってほしいと願ったことで、執着が生まれたからだと思います。

スピリチュアルな世界でも「執着を手放しましょう」と言われていると思います。「フワっと願う」と言った感じで言われている気がします。

仕組み的には、「力まない」というのが現実化をスムーズにさせる肝だと思います。

ただ、経験してみて思うのは、人は強く願い、執着するからこそ、思いもよらない「底力」を出せることがあるのだと思います。

実際私は、底力がでました。

その底力とはなんだったのか、それは上手く言語化できません。

あえて何か言うとしたら、「眠っていた霊力の発揮」と言った感じです。

ここで私が伝えようとしている霊力とは…なんなのでしょうか…

言語にしたところで、いまいち絞まりがない感じです😅

私が彼に与えているであろう影響力は、底力から引き起こされたものの一つだと感じます。

また、一度執着によって苦しんだことで、前よりもずっと、「思ったらそうなる」という力が高まった感覚があります。

この変化については、個人的なものなのか、地球全体の変化なのか、よく分かりません。

一概に、執着や強く願うことがいけないとは言えないなと思います。

そこから何かに気づけたら、それでいいのでしょう。