感情というのは、事実や自分の思いとは関係なく発生するものだな、と思います。
今日は自分の中に湧いている不安や心配から、淡々と生きることの意味をぼんやり考えていたので、文字にしてみます。
〈ここ最近の彼との関係〉
彼からの連絡は「来ない」が当然だったところから、「彼から連絡が来る」というのが当たり前の状態になりました。半日以上コンタクトが途切れることがありませんでした。そして、これまで彼との間になかった共通点ができたことで、次に会う約束がなくても、会う環境は整っています。だから私は、より安心感を得られる状況になっています。
この事実だけを拾い上げたら、いったいどこに「不安」や「心配」を生じさせる理由があるのか、分からないものです。
それなのに今朝の私は、「彼から連絡がない」というだけで不安や心配を生じさせていました。
連絡がないといっても、わずか9時間!
でも…。
きっと分かってくれる人もいると思います。
好きな人から連絡がこないだけで、不安になったり心配になったりする感覚を。
過去、最初のころはまめに連絡をくれていたのに、だんだん連絡をくれなくなった彼に対して、
私は、執拗に連絡をとってみたり、状況を確認したくなったり、会った時に「既読だけでもしてほしい」などとお願いをしてみたりしていました。
自分が不安定になるのを避けたかったものです。
つまり、自分の安定を彼に依存していた状態ですね。
私のそのお願いを理解してくれない彼に、時に感情的に責めたり問い詰めたりしたこともありました。
そんなことをしていたものだから、仕事やその他のことでエネルギーを使っている彼にとっては、私は「重い」「しんどい」となり、離れられたのだと理解できます。
距離を取られた経験を経て、今は感情が起きても感情的に行動することはなくなり、淡々と日々を生きられるようになっています。
「感情」というのは、抑えることもできないし、否定することもないと思います。
今の私が、たった9時間連絡がないだけで、不安や心配になるのは、仕方ない面もあると思っています。
それだけ大切(特別)な相手ですし、私の性質もあると思います。
また、過去の彼との関係の中でできている「古傷」が疼くことがあります。
ちなみに、この古傷を持っているのは「肉体」の自分であって、魂の自分ではないと思っています。
魂は、彼との関係の再開にいたるまでの、過去全ての経験は無駄ではなく、むしろとても必要だった経験だと分かっているのだと感じます。
しかし、魂は悟っていても、肉体の私は「つらかった」「苦しかった」と言います。
感情はこの肉体の反応でしょう。
「不安」「心配」が生じるのは、「また突然、音信不通になるのかも」「またきついことを言われるのかも」と想像するからです。
例えば、過去、彼に「助けになりたい」ということを伝えたことがあります。
その時彼に言われたこと。
・なんで女なんかの力を借りなくちゃいけないんだ
・力を借りても返すことができない
こういったことでした。
どちらの表現も私にとっては「拒絶」と感じ、悲しかったです。
彼にとっては男性としてのプライドや、自分の中にある倫理観・正義感・常識・道徳観などが働いて、こういった表現になったのでしょう。
こういったことを頭では理解できても、「急に拒絶された」「急によそよそしくなった」と感じて、ひどく傷ついたのを覚えています。
この記憶があるため、彼が再び穏やかになってきていても、彼に「何かあったらいつでも聞くね」とLINEすることすら、ためらう自分がいます。
自動的に「なんで頼りにしなくちゃいけないの」といった、拒絶的な返事がくるのではないか?とビクビクする感覚があるのです。
こういった感情や感覚が生じても、それでも戻るところは「自分軸」と「淡々とした日々」です。
感情は一過性です。
マイナスな感情が生じると、「こうなるのかもしれない」「あぁかもしれない」とマイナスに思考するものです。
だから、「思考」にまでいかないうちに「日々のこと」に自分を置きます。
感情はそのままに、日々のことをしながら、「自分はどうしたいの?」という自分軸に身を置く。
この在り方って「未来を確証している自分と手を繋いでいる状態」なんだろうなと思います。
感情と手を繋いでいるときは、過去の自分や、未来の自分と手を繋いでいる。
でも日々のことをしながら、彼に対しても、自分に対しても「今、私はどうしたいか」という”今ここ”に身を置いているうちは、過去にも未来にも自分は行っていない。
手を繋いでいるところがあるとしたら「未来を確信している今の自分」、そんな風に感じます。

過去のように拒絶されるかもしれない、というネガティブを小脇に、「自分は今、自分の思いを彼に伝えたい」を優先した結果、彼からきた返事。
出会った頃の穏やかな彼からももらったことのない、優しい返事でした。
こうやって一つ一つ「もう、過去は過去で終わったんだ」「もう新しい道に進んでいるんだ」と肉体が安心を覚えていってくれるといいなと思っています。
