「いつ会えるか分からない」「いつ連絡が来るか分からない」そんな日々を何年も何年も過ごしてきたのに、昨日まで11日間連続で彼と一緒に過ごす日々が続きました。
朝から晩まで連れまわされておりました。
「事」が動き始めたな、と思っていたら、私が「視ていたもの」が一気に現れてきています。
私が視ていてもの(感じていたもの)は
・彼は「抱えなくてはいけないこと」を抱えきれずに心の奥底が苦しんでいる(本人すら無自覚レベルの深さ)
・弱音を吐いたり心を休めたりする場所を必要としている
・その場所が「私」だと、彼の深い部分は気づいている
というものです。
これを直感というのか、霊感というのかは正直分からないですし、どちらでも良いことです。
ポイントになるのは「私はそう感じて、その感覚を完全に疑うことができなかった」ということです。
自分の感覚を疑いきれなかったので、苦しみながらも、7年もの歳月を彼との関係に費やしたのでした。
そうして今になって、私が視ていたもの「全て」が現れ始めています。
「彼は心を開いたら、一気に私に自分を丸ごと見せてくるだろう」
→愚痴や弱音を言ってくる
→隙あれば私と一緒にいようとする
これも、私が視ていた(感じていた)ものです。
この11日間は、まさにその通りで、「分かっていたけど、やっぱり現実になると、しんどい面があるな」という感じです😅
今日は、彼に手の離せない予定があるので、私は久しぶりに完全な一人時間となりました。
あぁ、解放。
それで、いつものカフェに戻ってきました。

ここに毎日のように通っていた頃は、孤独や生きる虚しさを感じて、心をどこにおいていいのか分からない頃もありました。
どうにか自分の心に風を通したり、光を差し込ませたりしたくて、試行錯誤・四苦八苦しながら生きておりました。
その日々を思い出せば、切なくなります。
過去の自分に「よくがんばったね」とも言いたいです。
一方で、これから雪崩のように流れてくるであろう彼のエネルギーを受け止めていく日々に、正直既にうんざりする感もあったりします(苦笑)

視える・感じるものがあっても「タイムラグ」があります。
思考の現実化論的に言えば、負の感情が、現実化を遅らせたのかもしれません。
でも、負の感情を味わい、出し切りつくすことにも意義があります。
それは「心の思い込み」を手放していくためのプロセスのために必要なのだと思います。
負の感情をしっかり感じ、受け止めて解放するからこそ、心の成長や望む現実を引き寄せていくのだと思います。
怒りや悲しみといった感情は、心の奥に隠れた「自分にはできない」「愛されない」といった思い込みを浮かび上がらせるサインだからなのでしょう。
もしその感情を無理に抑え込んだり見ないふりをした場合、それは心の奥に蓄積され、同じような状況を繰り返し引き寄せる原因となるのだと思います。
反対に、負の感情を正面から味わい尽くすことで、「なぜ自分はこう感じるのか」「どんな前提や思い込みが自分を縛っているのか」に気づけます。
そして、その気づきが手放しのきっかけとなり、手放しきれたときには、心がすっかり軽くなり、エネルギーの流れも整っていくのでしょう。
エネルギーの質そのものも変わっているのかもしれません。
私は、負の感情や感覚に触れ続け、苦しみ続け、抜けきったところで、本当の自分に出会えました。
これが何よりの「宝物」です。
彼との現実は、これからも続く─というより、ここから始まるのだと思います。
でも、その現実は夢物語ではなく、あまりにもリアルすぎるほど「人間生活」「人間社会」の一部です。
正直、私の苦手な世界です。
私は夢物語を頭の中に描き、現実社会から少し距離を置いていけるのが好きだからです。
でも、彼と一緒に生きれば、そうはいきません。
でも、ここからは、私だけが知っている「本当の私」がいて、私はその私と共に生きていくことができます。
これが揺るぎない自分軸であり、揺るぎない自信です😊

