昨日、自分軸からブレていたことに気づいて「自分の思いは伝えよう」と思い、彼に明日は家に寄ってほしいと思っていることをメールしました。
彼からの返事。

こういうメールを受け取って、どう感じるかどう思うかは、千差万別なのでしょう。
前の私は「何その言い方?」とカチンときたり、「どうしてこんな言い方をするんだろう」と悲しくなったりしていました。
彼が自己中心的で、俺様で、人の気持ちを思いやらない人だと思うこともありました。
私がこう思ったことの中には、実際の彼の傾向もあれば、私の勝手な思い込みもあります。
この記事では、彼からどのようなメールをもらっても心が動揺しなくなった理由を、可能な限り客観視して記録してみようと思います。
ポイントは次の3つかな?と思うので、この順で書いていきます。
① 手放しと受け入れができて、コミュニケーションの目的が変わった
② 自信と確信を手にした
③ 自分を知った
まず、私が手放したものは「期待」です。
そして、私が受け入れたのは「思い通りにはならない」ということです。
私が彼に期待していたものには「私のことを理解してほしい」「彼に変化してほしい」というものがありました。
誠心誠意彼に接しても、伝わらない・変わらないことばかりで、思い通りにいかない現実にイライラし、彼にぶつけることもありました。
でも、彼に悪気があるとは思えなかった私は、彼が自分中心で物事を見たり、相手のことを思いやるのが不得手なのは、彼の”脳の性質”なのだと次第に理解するようになっていきました。
私は今、こんな風に彼の特性・特徴を捉えています。
- 相手の気持ちや考えを察しにくい(目線や表情も読み取りにくい)
- 予定が変わると混乱しやすい・イレギュラーな予定に対応しにくい
- 興味があることに集中しやすく、長く続けることが多い(他のことを後回しにしてしまう)
- 音や光、感触など特定の感覚に敏感
- 言葉の意味をそのまま受け取りやすく、冗談は通じにくい
- 細かいところに目がいきやすく、全体をまとめて見るのが苦手
私が「脳の特性」という視点を持ち始めてから、少しずつ彼の捉え方は変わっていきました。
その中で、彼に私の気持ちや状況を理解してもらいたいという願いが自然と薄れ、思い通りにはいかないことを受け入れられる心の器ができていったのだと思います。
期待が強かったころは、コミュニケーションの目的が無自覚で「理解してもらうこと」「変わってもらうこと」にありました。
それが、今は「彼が理解しやすいように」と、変化しています。
また、私は「自信」と「確信」を手にしたのだと思います。
「彼は私のことが好きだ」という自信・確信、「彼との関係はこうなるだろう」という未来への確信。
これらが今の私にはあります。
これらがなかったころは、彼の言動にいちいち振り回され、一喜一憂し、不安になったり混乱したりしていました。
今は、私の意識が”行き着く未来”に固定されてしまっているようです。
そのため、彼の言動で少し心が動揺したとしても、「どうせこうなるんだろう」とゆったりと今を見る自分に戻ることができているようです。
そしてもう一つのポイントは、「自分を知った」というところです。
自分を知る、という言葉は珍しくない言葉だと思いますが、実際は、自分を知るというのは私にはなかなか難しかったです。
今では、私は自分を知るために彼と出会ったのだと思っています。
苦難と困難を伴った長いプロセスでしたが、自分を知ったことで、彼との関係においてだけでなく、生きることそのものが楽になった面があります。
彼との関係においては、自分と彼の違いや差を理解できるようになったので、自分の立ち位置がはっきりしました。
だから、彼との関係においてちょうどいい距離感を自然と取れるようになったのだと思います。
こうしたポイントが絡まって、動揺しない私が出来上がりました。
彼のメールには「君らしい回答でなんかいいね。じゃぁまた明日ね。おやすみ」とだけ送りました。
気まぐれ気質・自分目線という性質・バイオリズム・男としてのプライド・心の傷・抱えていることetc。
様々なものが彼の中にも複雑に絡み合っているのだと思います。
時に妙に懐っこく、少年のように近づいてくるときもあれば、まるで壁を突き付けてくるような防御的な態度をしているように見えることもあります。
それでも、今はどのような彼が出てきても動揺することなく、「あぁ今(今日)はそんな感じなのね」と、思うようになっています。
たまにチクッと痛む心には、惚れた弱みで「しゃーなし」として、時間薬を使っています。
【追記】
一晩経って届いたメール。

会ってみたとて、会話はほぼない状態。
昨日今日の彼の様子を察するに、何かを抱えてしんどい時のように感じました。
基本的にそういう時は一人で籠りがちの彼が、こうやって会いにこようとしている時点で、やっぱり潮目は変わっているのだと確信するし、ゆっくりだけど彼なりに前進しているのだと信頼できます。
会えば不満や寂しさに近いものを感じることはありますが、その感覚に長く浸る私は、今はおりません。
