潮目が変わった─満足気な表情の訳

オンラインで「待ち」をしていたとき、パソコン画面に映る自分の顔があまりに満足気でした(笑)

昨日一昨日で、彼との関係における潮目が、突然に大きく変わりました。

彼から、彼の仕事の一部を依頼されたのでした。

これは私たちの間に「接点」が生まれた瞬間です。

出会った頃の私たちは、仕事という接点がありました。

でも、途中で彼の状況が変わったことで、接点がなくなってしまいました。

彼は恋愛よりも仕事。共有するものや共通の目的、仕事に関係する人とのコミュニケーションばかりの人です。

そのため、共有するものがなくなった私とのコミュニケーションは、どうしても後回しにされていました。

接点がなくなってから7年。

ここ2~3年は、拒絶に近い形で遠ざけられることもありました。

もう何年も、二人の関係の流れは停滞しているように見えていました。

流れも見えない。その先も分からない。

私にとって、最も苦しくつらい時期でした。

その時期を抜けた私は、漠然と感じる未来に意識を置けるようになり、大きな苦しみからは抜けました。

それでもふとした時に、不安や寂しさのようなものが顔を出すこともありました。

その中で生じた「予想もしない展開」です。

すっかり変化へんげを遂げたようである私は、出来事に大きくは一喜一憂することもなく。

長いこと恋焦がれるように待ち望んでいたはずの流れの変化であったにも関わらず、喜びの感情はあまりにふわっとしたものです。

それでも、ふと気づいた自分の顔は、実にドヤ顔・満足気。


19歳のとき、宝くじを「当てた」ことがあります。

当たったのではなく、意図的に当てにいきました。

「当たることが当たり前」という状態でした。

そのため、実際に当選したときも、喜びの感情がありませんでした。

今回もその時の感覚ととても似ています。

ただ大きく違うのは、対象が宝くじといった無機質なものではなく、「生きている人」を長期に渡って相手にしてきたこと。

人と向き合うということは、それ即ち自分と向き合うこと。

苦悩を伴った経験を経て、19歳のあの頃では到底持ち得ることはできなかった心の器と、それに伴った「軸」を得ました。

ブレないもの。

このブレないものが、私を高く広く飛ばせてくれます。

つまり、私を圧倒的自由でいさせてくれます。

何にも囚われるものがない。

「自由である」

これが私を満足気にさせてくれるもの。