人としてどう在るか・どう生きるか─霊格とか人格とか徳が高いとか

霊性は「宇宙や根源とのつながりの深さ」、徳は「人の世における調和や正しさ」に関するもの。

人格のよさは日常の人間関係で感じ取れる性質、徳の高さはより道徳的・精神的な評価に近いもの。

霊的な高さ(霊格の高さ)は、霊的な資質や魂の深さが成熟していて、その在り方が人や出来事に影響を与える力を持っている存在。

─私はこんな風に整理をしています。

その整理の中で、「霊性は高いのに人間的には理解されにくい」とか、「徳は高いけど霊的には未熟」などというのがあるように感じます。

徳というのは人々との関係性の中で磨かれるものでしょうから、社会や共同体の中で「理解される人格」として現れやすいのだと思います。

一方、霊的の高さは、理解されにくいことがあるのだと思います。

霊性が高い人が、必ずしも世間の価値観や人々の「理解しやすさ」に合わせて行動するわけではないからだと思います。

むしろ、人の目から見ると「奇異」や「人格的に難しい」と受け取られる場合もあるのだと思います。

私たちが生きる世界には、社会のルールや枠組みがありますし、共同して生きるためには、それらを守ったり、調和を図っていくことは大切なのだと思います。

ただ、現実面ばかりを判断基準にすることで、自分自身に自信がなくなってしまっていたり、生き方に迷っている場合もあるかもしれません。

人としてどう在るのか、どう生きるのか。

私はその答えを、霊的な視点を抜きに考えることができません。

社会のルールや枠組みの中で評価されることや、理解されることだけを追求しても、自分自身が納得・満足できない、といった感じです。