ここ最近で、彼との関係における感覚が急に変わっています。
8年もの間、彼に合わせたり尽くしたりすることが必要・当然と感じていたことが、急に「もういやだ」と、かなり強くはっきり感じたことです。
彼への好意が変わったわけではないですが、自分の中のこれ程までの感覚は見逃せません。
そのため、連日のように彼からの依頼を受け、彼と会っていたところから、急転。
依頼をことごとく断るようになり、連日「会わない」を選択しています。
ただただひたすらに、自分を心地よい感覚に置いている日々です。
現実的には彼に近しいところに暮らしているため、可能な限りいつもと違う道を選んだりする徹底ぶり(笑)
彼を嫌いになったわけでもないし、好意も全く変わっていない。
ただ、今はどうしてか、自分の中から彼のことを追い出してでも「自分だけと付き合いたい」そんな気分。
それに今は「もういやだ」と思っていても、またしばらくしたら違う感覚になるかもしれません。
この先のことは何も決めつけることはしたくないものです。
流れるままに。
こういうことが出来るようになったということは、私は彼との”関係”に安心や信頼をおけるようになったということ。
これはとても嬉しいことです。
話しは全く変わりまして、「守護霊・守護神からのメッセージ」について。
私は自分を霊能者だとか霊能力があるという風には思っていません。
ただ、霊能者の方に霊能力がある・霊能者といえる、と言われることが幾度かあることや、自分の幼少期からの体験や経験を客観的に捉えることをしています。
その経緯の中で、「これは確かに守護霊・守護神(といわれるところ)からのメッセージなのだろう」と思うことにしているものがあります。
そのメッセージはたいてい全く意図していないときに降りて(?)来ます。
紙コミュニケーションをしているときに流れてくることもあります。
今日はカフェでコーヒーを飲みながらこのブログを書いていたら突然に降ってきました。
ノートの用意が間に合わなかったのでパソコンのメモ帳に。

内容はあまりにプライベートなことなので伏せますが、思うこと感じたことを少々。
まずは、メッセージを呼んで幸せな気持ちになりました。
その幸せは、「(天に)見てもらえている」という安心感であったり、孤独感の緩和であったりします。
そして、私という存在の自由意志はやっぱり1%~3%程度で、ほとんどが高次の計らいの駒のような存在なのだなということを改めて思うメッセージでした。
これは私にとってはけして悲観的な意味ではなく「それだからこそ生きがいがある」という感じであります。
霊界と人間界の連携があるのは当然のことと感じるからです。
このことについて「意識としては忘れているけれど、細胞レベルで知っている」という人はそれなりにいるのではないのかなぁと思ったりしますが、どうなのでしょうか。
さて、そろそろ帰ります。
帰り道の風もきっと冷たいことでしょう。
喜怒哀楽、寂しさ・虚しさ・物足りなさ・孤独感、幸福感から不快感に至るまで、あらゆる感情や感覚や体感は、肉体がなければ味わえません。
人間目線ではいいことばかりではなかったとしても、高いところから俯瞰してみたら全て「いいこと」。
私はそんな風に思います🍂

