生きるのは「現実」。大切なのは…─「自分軸」では収まらない何か

丸っと二日間、朝から夜まで彼とずっと一緒に動いておりました。

今月に入ってもう10日は会っています。

昨年までは、1年で会えた回数は7,8日ほどで、いずれも長くて2時間もありませんでした。今年に入っても、1か月1回程度。

次に会える約束もなく、連絡もなく。

何度、「他の人を好きになれたらいいのに」「彼といる未来を見限れたらいいのに」、と思ったか分かりません。

会えても空気を読んでしまい、言いたいことも言えず。

ようやく言えても思いがうまく伝わらずに、よろしくない雰囲気に。

そのため、何も進まない、むしろすれ違いが顕著になってしまう時間だけが過ぎていっていました。

彼のことを忘れて自分時間を充実させようと努力はしていました。

でも、寝ても覚めても彼のことが頭の中にも心の中にもありましたから、忘れることは諦めて、この虚しい思いと「一生」生きていくんだ、そんな風に自分に言い聞かせていた頃もありました。

「事はきっと動く」と信じる心と「もうダメなのかもしれない」という思いと何年も闘っていました。


突然の潮目の変化と共に、彼といつでも連絡が取れるようになったところで、彼が何か大きく変わったわけではありません。

彼は相変わらず、物言いはぶっきらぼうだし、基本的に頭の中はタスクでいっぱい。

自分の興味があるものがあると、そこにだけ意識が向いてしまうので、そうなると私は空気のように扱われます。

それでも、彼の意識の隙間で私の存在確認をしているのが分かります。

例えば、買い物に行った時、スタスタスタスタと、自分の目的の方向にどんどん歩いて行ってしまう彼なのですが、それでも、チラッ、チラッっと、私が後ろについているのか、確認します。

この行動自体、彼は無自覚でやっているのだと感じます。

無自覚・無意識に、私の存在確認をしている。

以前は、彼の様々な言動を思いやりがないなんて思っていたこともあります。

でも今は、彼の性質の中での精一杯の愛情表現なんだと、理解できるようになりました。

それに、以前は一生懸命彼のスピードに合わせて追いかけていましたが、今は、自分のペースで歩きます。

私を見失ったとしたら、それはついていけない私のせいではなく、さっさと行ってしまう彼が悪いのですからね(笑)

自分軸がなかったころは、彼の言動が、まるで私の気づかいや思いやりを踏みにじってくるように感じられていました。

当時の私の気持ちを大袈裟に言えば「こんなにして”あげたのに”」と言ったところ。

勝手に傷ついたり、フラストレーションがたまったりして、感情の爆発が起きていました。

私の好意を受け取ってもらえないように感じられ、悲しくなっていたようにも振り返ります。

仕事でもプライベートでも、彼を思いやりすぎて、見事に「重い女」となりました。

今は、自分軸に自分を置くことの大切さが身に染みるようになっています。

長いこと自分と向き合ってきました。

そのお陰で、自分が何者なのかが分かり、しっかりと自分を居心地よくさせられる”本物の自分軸”を見つけられました。

彼との交流の再スタートが始まったとて、様々な出来事が起こるのが「現実」。

それでも、宇宙からどんな球が放り投げこまれてきても、自分軸のお陰で心の動揺がほとんどありません。

たまに心が揺れても、すっと自分に戻れます。

球を打ち返したり、受け流したり、引き受けたりができるようになってきています。

ここからも、まだまだ色んな球が来そうですが、きっと大丈夫でしょう。

私がここに至らないと、再スタートはなかったのだと分かります。

タイトルに”生きるのは「現実」。大切なのは…”と付けましたが、この「…」には何が入るのでしょうか。

自分でもよく分からないので「…」にしています。

大切なのは自分軸、そういう単純なものではないと感じています。


さぁ、今日も彼からお呼びがかかると思います。

すっかり「一人時間」が長くなっていた私。

彼といられる日々を恋焦がれていたはずなのに、いざ、それが実現すると、「一人が楽でいいな」なんて思うのだから、すでに私はもう「この先」を見ているのだと思います。

全く、私という人間は、いつになったら落ち着くのか分かりません(笑)