放っておくという向き合い方─答えは出そうとしなくても出てくる

放っておくことが優しさになるのは、相手の「自分で考えたい」「自分のペースで向き合いたい」という気持ちを尊重するからなのでしょう。

人は自分の中で整理する時間や、自然と回復していくため時間を必要とする場合があります。

そのため、悩んでいるとき、すぐに口を出したり解決策を押し付けたりすると、かえって負担になることがあるものです。

これは、対人関係だけに留まらず、自分との向き合方においても言えることだと思います。

イヤだと感じることや、辛いと思える出来事に遭遇した時、

「今の私はどういう気持ちなんだろう」
「今起きている出来事にはどういう意味があるのだろう」

こういった自己分析や状況分析をすることは、自分と向き合い、自分軸で物事を前に進めていく際、優位に働くことがあります。

ただ、思考(分析しようとするベクトル)が強くなりすぎると、「自然と回復していく」という時間の邪魔になってしまうこともあるものです。

スピリチュアルや心理学・自己啓発、そういったものの教えに自分を当てはめようとしてしまうこともあるかもしれません。

そうなると、本来の自分の感覚やペースを見失ってしまうことにも繋がっていきます。

Don’t think. Feel! ”考えるな感じろ”

これは有名なセリフかもしれません。

ただ、自分が何を感じているのかすら、はっきり分からないこともあるものです。

人間はとても複雑で、多面的な要素を持っています。

怒りと悲しみを持ち合わせながらも、喜びや幸せを味わうことができたりもします。

例えば、赤ちゃんの夜泣きで夜中に起こされた時、本能で「眠い!」という怒りを感じても、おっぱいをあげているときに幸せを感じる。

毎日の家事に疲れてイライラしながらも、洗濯を干しているとき、眩しい太陽の光を浴びて気分が良くなる─こういったことが起こるのが、人間の多面性です。

「怒り49で、幸せ51だから、強いて言うなら幸せかなぁ」と思った瞬間、次の出来事で「怒り51、幸せ49になりました」ということだって起こり得ますね。

だから、「今、自分が何を思っているのか」「今、自分が何を感じているのか」を、明確にピンポイントで捉えることは、難しいときもあって当然だと思います。

自分の気持ちが分からない。そんな時は、無理して自分の状態に白黒決着をつけるのではなく、あえて何も考えないで、「時間」という魔法を使う。

それは、自分を無視したり、見捨てたりする行為ではなく、自分自身の中にある「力」を尊重すること。

「必要なら声をかけてね」と言ったスタンスで、自分の傍にいるだけ。ということですね。

昨日今日の私は、自分が何を思っているのか・何を感じているのか、そしてどうしたいのか、全く分かりません。

そのため、なんとなくいつもと違うところに足を運び、モーニングを食べました。

こうやって「なんとなく」で過ごしているうちに、どうしたいかの答えが見えてきたり、悩んだり考えていたりしたことがどうでも良いことに思えたり、はたまた、自分より先に外が動いてくることもあるものです。

考える・感じ取る・放っておく

私は、大切な人にも自分に対しても、これらを組み合わせて接しているようです。