思い込みを手放すだけでは楽になれなかった頃を振り返る

最近の彼は「不安でいっぱい」という状態です。

以前の彼は、そういう時は”内”に籠ってしまい、私は避けられていました。

今は違うため、私は彼の様子を客観的に冷静に眺めている日々が続いています。

私たちは、お金の不安、健康の不安、将来の不安、挙げたらきりがないぐらい、不安を感じる場面がたくさんあるように思います。

不安を埋めるために動き出すことが、良い結果を生む場合もあるかもしれませんが、時に大切な何かから大きくずれていくこともあるのだと思います。

例えば、経済的不安から稼ぐことだけに集中してしまい、本来大事にしたかった時間や人間関係をなおざりにしてしまったり、健康への不安から完璧な管理に走り、かえって心が休まらなくなったり。

将来への不安から安定を優先し、自分の好奇心や創造性を抑えてしまうといったこともあると思います。

そして、自分の魂が大切にしたいものから外れていくほど、それが苦しみとなるのではないでしょうか。

焦り、イライラ、怒り、不安─こういった自分の内面が不安定になることも苦しいものです。

さらに、内面の不安定さにより、人間関係がこじれたり、心地よい生活リズムからずれていけば、現実面でも苦しくなります。

怪我や病気といった、身体の痛みになって現れることもあるように思います。

私は、彼との関係が不安になったころから感情的な私になってしまい、その結果、彼との関係がこじれて複雑になるという恋愛の苦しみがありました。

こういった不安から脱却するキッカケが「気づき」なのだと思います。

気づくと抜け出せる。

では、何にどう気づいていけば楽になれるのか?

一つは、「自分が今、どんな前提で世界を見ているか」に目を向けることだと思います。

不安は、多くの場合「こうあるべき」「こうでなければならない」という内なる基準から生まれているものです。

・今の生活を維持しなければならない
・こういう人間でなければならない
・愛されていないと価値がないetc…

自分で見つけられるものから、潜在意識に沈み込んでいるものもあるものです。

こういった自分の基準(前提・思い込み)を見つけ、必要に応じて手放したり変化させていったりする。

ただ、私は経験で、「自分とは」を知っていくことも、大切なことなのだと思い知らされました。

私は、自分の思い込みを見つけることよりも、「自分とは」を知っていくことの方が難しかったです。

それは、私の感覚や感性にぴったりとくる「人間とはなんぞや」を示してくれるものが、私の身近になかったからです。

人は自分を知る時に、他者や本など、「自分とは何者か」を映し出す指針や鏡のようなものを必要とするのではないでしょうか。

でも、指針が自分に沿っていないものにいくら触れても、「自分とは」には辿りつけません。

自分が映らない鏡であれば、いくら鏡をのぞいても自分は映りません。

私は指針や鏡を見つけることがとても難しかったです。

自分とは何者なのかが分かってからは、自分が握りしめてきた思い込みを手放すのが格段に早まりました。

それと同時に「楽」も分かるようになりました。


私は子供のころから自分と向き合う習慣があったことと、潜在意識を紐解くスキルを学んだことが相まって、自分の思い込みを見つけやすかったです。

でも、彼のように常に現実に目を向けて走っている方は現代に多いのかもしれません。

となると、まずは自分の思い込みを見つけることも難しいのかなぁ、と、彼を観察しながら、彼の横にいる日々です。

「今のままでは苦しい」「何か方向を変えたほうが良いのではないか」、彼がそういった意識ではないのに、私が手出し口出しするのはよくないと感じ、見守り体制中です。

彼の家の庭でなったザクロ。

昨日、「明日あげる」と言われたものの、忙しい彼は、私との約束はいつも忘れてしまいます。

そのため全く期待していなかったのですが、なんと覚えてくれておりました😊

ザクロの実が生っているのも売っているのも、人生で見たことがないように思うので、人生初。

幸せにいただきました😊