「どうして浮気したの?」
「なんで別れなきゃいけないの?」
「なんでそんなことしたの!?」
「どういう気持ちだったか言ってごらんなさい」
恋人・親子・仕事関係─様々な人間関係の中で、相手の思いや考えを聞いたり、聞かれたりするシーンがあると思います。
ただ、「自分の気持ち」というのは、当の本人だって分からないことがある。
また、その時は「これが自分の気持ちだ」「これが私の考えだ」と思っても、日を重ねるうちに、考えや感じ方が変わることがあったりもしますよね。
はたまた、「本当のことを言いたくないけど、とりあえず答えておこう」と思って答えることだってある。
となると、「気持ち」や「考え」というものに、「絶対」や「真実」というのはないように思う─
先日、彼とこんな話をしていました。
すると彼が「確かにそうだよな」と口にした後、「だったらさ、相手に質問するだけ不毛だってことだよね」と続けてきました。
相手から本音を聞き出すことを目的にしたら、確かに会話でその目的を達成できるとは限らないかもしれません。
ただ私は、「その時、会話をした」「その時それを口にした」という”事実”そのものが大切だと思っています。
人の気持ちは確かに変わる面もあります。
でも、その瞬間に口からでた言葉や態度は、「その時の心の在りか」として確かに”そう”だったもの。
たとえ後で気持ちが変わったとしても、「あの時は、こう感じていた」という、その時の事実。
たとえ口にしたことがウソだったとしても、「あの時はウソをつくしかなかった」という、その時の事実。
また、会話という行為自体が関係性を作っています。
相手に問いかける・話す・聞こうとする/相手に伝えようとする・返そうとする。
こういったことは、二人が関わり合っているからこそ起きている事。
たとえ着地点がなかったとしても、対話しようとしたその姿勢が、関係性の土台になるのではないでしょうか。
「言葉にする」ということは、自分自身を知るという面があります。
相手に語ることで、自分の気持ちが整理されたり、初めて自覚できたりすることがある。
だから会話は、相手を理解するための行為であると同時に、自分を理解するための行為でもあるのではないでしょうか。
この辺りまで彼に話をしたら、「なんかお釈迦様と話ししているみたいだな」と言われました。
なので「お釈迦さんと話したことあるんか〜いっ」と突っ込む、くつろぎ時間のワンシーンでした。
ちなみに、彼との会話では、仕事といった目的のある話以外では、内容がぼやけて感じることがあります。
それは、彼がウソをついているからではなく、自分の気持ちを整理するのが苦手だからなのかもしれません。
彼が「自分はこう思う」と言っていることを聞いていても、私は「本当はこうなんじゃないのかな」と違和感を感じて聞いていることがあります。
また、昨日と今日で言ってることが「全く違う」ということもあります。
私は彼の状況や様子を察しながら、発言に口を挟むこともあれば、ただ聞いているだけの時もあります。

今は日曜の夕刻。コメダにいます。
人があまりいないので、一人でのんびりと過ごせる心地よい時間です。
最近ここによく来るなと気づいたので、コーヒーチケットを買いました。
なんかかわいい☺️