「本当の私」とは─思考・感情・感覚のすべてを「私のもの」と所有することがない純粋な知覚そのもの

「本当の私」とは、心の中で起きる思考や感情をただ見ている存在なのだと思います。

(その存在を霊,魂,真我,スピリット…どう表現するのが的確なのかはよく分かりません。)

本当の私は、すべてを「私のもの」と所有することのない存在。

ただ知り、ただ見ている純粋な知覚そのもの。

例えば、空に雲が流れていくのを見るとき。

勝手に生まれて流れて消える雲を見て、普通は「この雲は私のものだ」とは思いませんね。

ただ“起きている様子”として見て、雲が通り過ぎて終わりです。

ところが、思考や感情になると話が変わってきます。

「あの人にバカにされた」と思ったことがあった時、「侮辱された」という思考が浮かんだり、怒りと言った感情が生まれます。

この思考・感情に「これは私のことだ」という所有感が生まれると、思考や感情が“私の中心に座るもの”になります。

そして、他のことが見えにくくなるほど存在感を増します。

こうなると、本当の私(ただ見ている存在)が、その思考・感情のストーリーに飲み込まれてしまいます。

本当の私はただ観察しているだけの存在です。

最初から常に自由で、傷つくこともなく、汚れることもなく、失われることもない、ただ在るだけの存在。

思考や感情を「私のもの」とした途端に、私たちは「私」を見失ってしまいます。

でも、それが悪いこととも思いません。

「私」を忘れて生きること。

それにも経験として意味があるから、地球という星があるのだと感じます。

12月。

年の終わりの空気間が漂い始めていますね。

暦というものに人間の集合無意識はリンクしているのだと思います。